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カフェ・ザッハー(オーストリア・ウィーン)

 オペレッタ(規模の小さなオペラ)の題材にもなった老舗カフェが「カフェ・ザッハー」です。ウイーンのカフェを語る際には欠かせない存在です。
 やはりウイーンの老舗、「カフェ・コンディトライ・デーメル」との約10年にもなる「ザッハー・トルテ」裁判など、歴史的な話題にもことかきません。カフェの開店は1876年ですが、ザッハーの歴史はさらにそこから30年ほど遡った頃にはじまります。フランツ・ザッハーが、自分で創り上げたチョコレートに包まれたザッハー・トルテを看板商品にした店を開店したのです。

ザッハートルテの生まれた
カフェ・ザッハー

 フランツ・ザッハーが創った、ザッハー・トルテが人気になり、1876年には次男のエドワルト・ザッハーが父の跡を継ぎ、国立歌劇場の裏に「ホテル・ザッハー」をオープンしました。
 1階はデリカテッセンの店、その上の3つのフロアがホテルになっていました。

文字が逆さなので読みにくいかもしれませんが「SASHER」の文字がチョコレートに刻まれています
文字が逆さなので読みにくいかもしれませんが「SASHER」の文字がチョコレートに刻まれています

 ところが、1930年代になると「ホテル・ザッハー」の経営に陰りが出てきました。その時に、エドワルト・ザッハーがアンナ・デーメールに金銭的に世話になったことが後々の「ザッハー・トルテ裁判」の元になります。
 エドワルト・ザッハーはアンナの助力の見返りとして、デーメルでもザッハー・トルテを作ることを認めました。
 しかし、エドワルトの死後、ザッハー側がデーメル店内で出すザッハー・トルテに「オリジナル・ザッハー・トルテ」の表示を付けることを禁止する訴えを起こしました。

 裁判は約10年もかかる長期にわたり、多くの歴史家や料理研究家が登場、たったひとつのケーキに付いてさまざまな論議を闘わせました。結審では、ホテル・ザッハー以外での「ザッハー・トルテ」の販売は認められましたが、「オリジナル」の表示はホテル・ザッハーのみの権利となりました。
 現在は日本でもいろいろな店で売られている「ザッハー・トルテ」ですが、あのチョコレートケーキの中には、こんな歴史も包まれているんですね。

【カフェ・ザッハー(オーストリア・ウィーン) Photo Guide】
「ホテル・ザッハー」の入り口です。国立歌劇場の裏手になります 大きく高い位置で切られた窓がヨーロッパのカフェの魅力です
「ホテル・ザッハー」の入り口です。国立歌劇場の裏手になります 大きく高い位置で切られた窓がヨーロッパのカフェの魅力です
店内はいくつかの部屋に分けられています。シャンデリアが下がっていたりして、照明1つにも気配りが感じられます ウインナ珈琲ではありません。メランジェと呼ばれウイーンでは珈琲といえば泡立てたクリームが乗ってくるのが普通です
店内はいくつかの部屋に分けられています。シャンデリアが下がっていたりして、照明1つにも気配りが感じられます ウインナ珈琲ではありません。メランジェと呼ばれウイーンでは珈琲といえば泡立てたクリームが乗ってくるのが普通です
中央写真

ザッハー・トルテはチョコレートケーキのひとつで、上の面とホールの時のまわりの面にチョコレートがコーティングされています。「ホテル・ザッハー」のオリジナル・ザッハー・トルテに添えられてあるホイップクリームは、くどくなくさっぱりした味が印象的でした

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